トップページ | 2011年11月 »

2011年9月

2011年9月29日 (木)

野田・塩の道を歩こう会

京都から来ている学生の真鍋崇志です。24日から26日まで野田村に滞在していました。私が野田村に来たのは今回で4度目で、チーム北リアスの拠点に宿泊したのは2度目となります。

25日に行われたイベント「野田・塩の道を歩こう会」について書こうと思います。

このイベントは毎年行われており、今回は震災後では初めての開催となりました。野田塩は伝統的な直煮と呼ばれる製法で作られており、かつてはその塩をベコ(牛)に乗せて塩の道を通って、塩のとれない内陸部に運び、他のものと交換していたそうです。塩は貴重な産物だったです。その塩の道が今も残っているので、歴史を感じながらみんなであるいて人々の交流を深めようというのがこのイベントの目的なのです。

参加者は50人近くにのぼり、野田小学校の子供たちも12人が参加してくれました。歩き疲れている大人をよそに子どもたちは元気いっぱいで 、こちらが元気をもらった気がします。

Photo

Photo_5

今回は台風の影響で実際の塩の道である山道を歩けなかったので、舗装された県道を道なりに歩くことになりました。白石峠を登って下って約2時間、8.4キロ歩きました。歩いた後は、アジアの広場で行われていた感謝市で、参加者に無料のそば・うどんが振る舞われました。野田塩を使ったおにぎりもみんなでごちそうになりました。子どもたちはここでも元気いっぱいに遊んでいました!

Photo_6

Photo_8

昼食後にバスに乗って、役場前のんちゃん広場にもどってきて解散!みなさん、お疲れさまでした!

Photo_9

解散した後は、主催者による反省が役場の会議室で行われました。笑いを交えつつ、今後の野田村のことなどについて話し合いました。

私はそのあと、小野寺さんのお世話になり、家に泊めさせていただきました。朝早くに、もちつきの体験もさせていただきましたが、これがなかなか大変。腕と腰にうまく力をいれて杵でおもちつくのは熟練した技が必要でした。

現地事務所に戻ってからは、岩堀さんの記事にもある写真の陰干し作業や、カタログで事務所に新たに必要な備品を見たりしました。

26日の朝、貫牛さんのおばあちゃんの車で陸中野田駅まで乗せてもらい、野田村を出発しました。短い期間でしたが、今回も大変充実した時間を過ごせました。ありがとうございました。

(まなべ)

2011年9月28日 (水)

25日から27日までいました。

京都から来ている学生の岩堀卓弥です。25日から27日まで野田村に滞在していました。

これで今年の3月に続いて2度目の野田村となりました。宿泊するのは初めてです。自分が参加した(一部しなかった)イベントについて、簡単に紹介したいと思います。

924日のお昼前、岩手県中部の宮古市から岩手県最北の野田村に向けて出発。

台風が過ぎてやっと晴天に恵まれたのだ。

しかし、同日の日暮れ時「こんなはずではなかった」と思ってラーメンをすする僕がいたのは「道の駅たのはた」。宮古市から40kmの距離である。自転車で登れない、つまり押して歩いたほうが楽な急坂がエンドレスで続き、まさに力尽きかけようとしていた。そして野田村まではあと40km。軽い絶望を感じていた。ところ、田野畑村で活動をしている早稲田大学早田ゼミの方々に拾ってもらい一食一泊の恩をいただきました。この場を借りて感謝いたします。

 25日。昼過ぎ、チーム北リアスの現地事務所にたどり着く。ただし、「塩の道」は歩き損ねる。

 予定が遅れ「塩の道を歩こう」のイベントに参加し損ねてしまいましたが、これについては真鍋君が報告してくれるものと思います。この場を借りて感謝いたします。

 26日。この日午前10時から、チーム北リアスの、野田村復興研究会キックオフミーティングが行われる。

参加者は、社会心理学者、経済学者、法学者、社共会員、現地代表、カメラマン、ダンサー、料理人等々。研究会の方向性を探す第1回に集まったのは、このように多彩な顔ぶれ。

切り出しは、

『震災前、震災後の野田村の姿というものを、どのように描いたらよいのか?』

という問いから始まる。

・野田村は「経済学的には豊か」なのに、なぜ村民が出ていく傾向なのか?

・社会学的に言えば、都会に出ていかざるを得なかった人が何より「個人の部屋が欲しい」と思っている時代があったが、その時代との違いは何か?

・村民の生活スタイルや、玉川鉱山等の近年の村の変遷の様子について。

・アンケートに写真を盛り込んだら話がしやすいのでは。

・ダンスを教えるとき手を触れると「安心」するが、そのような距離感を調査に生かすにはどうするか。

等々と、分野が違っても、不思議に互いの話が引き出される展開でした。

Pap_0098

ミーティングが終わってからは、写真の陰干し作業。今は所有者の手を離れ、多少色あせても、静かに歴史を語っています。時間はかかるかもしれませんが、いずれ行くべき場所に行き着いてくれるはずです。

Rimg1182 Rimg1184

最後に1枚。

夜空の星が一斉に姿を現したかのよう。

Rimg1176

(いわほり)

2011年9月18日 (日)

14から17日までいました

 弘前から来ている学生の三上真史です。14から17日まで野田村に滞在していました。
 私が野田村でしばらく滞在しようと思ったのは、最近疲れて勉強もできなくて、ひとりでのんびり休みたいと思って、ふらっと来てみたのでした。

 学生で高速料金がもったいなかったのと、のんびり走りたくて、青森市から国道4号、45号を十和田、八戸経由で野田村に行きました。なんとガソリンが1目盛りしか減っていなく、目分量で4リッターで青森市から野田村まで来たことになります。4時間もかかりますが、道はまっすぐで走りやすく、高速が通行止めになったり、悪天候の日など、もう1つの野田へ行くルートとして考えても良いでしょう。

 最近私は、野田村の「地域サロン」「地区対抗体育大会」に関心を持っています。
このような村の人たちでの行事、活動が定期的にあったことで、近所の人たち同士みんな顔見知りで仲良くなることができて、津波が来たときに、すぐにみんな逃げることができた、避難所でみんなで助け合えた、仮設住宅に移ってからひとりぼっちにならないでここまでこれたのではないでしょうか。地域社会のまとまりが強かったことが、野田村が早くに立ち直る力を持っていたことに繋がっていたのではないでしょうか。と思っています。そうすると、今までボランティアとして野田村に来ていましたが、いやー野田村ってすごいところだな、頭が下がる思いで、いっぱい学ばせて欲しいな。と強く感じました。村民体育大会について、教育委員会の方からお話を聞いた時、担当の方が嬉しそうに話してくださいました。「そうきたか。鋭いところに、よく気づいたね。」と言われました。

 コミュニティと言う言葉が実態があいまいなまま多用される中、地域社会としてのまとまりと、アソシエーションとの違いがこんなもんなんだなと、野田村で少しは理解できた気がします。野田村の方たちはボランティアに慣れていなく、構えてしまうところがあるように感じますが、横文字のボランティアはそうでも、「助け合い」なら普段からあたりまえにできている村だなと思いました。

 久慈のお祭りに野田村の方を招待することになって、私も仮設住宅の人たちに誘われて行きました。今まで、桜祭り、花火、ねぷた、と招待する側だった私が、招待されてみて、いろいろ気づかされました。ボランティアしに来た人たち、招待してくれた人たちには、とても気を遣っていました。本当に野田村の人が望んでいるのか、ゆっくりできているのか、ボランティアやいろいろな交流活動は楽しくて、すごいためになります。夢中にもなりますが、このことは絶対に忘れていはいけないと強く思いました。

 野田村のみなさんは、「いろんなところからたくさんボランティアやイベントをしてくれて、すごい感謝している。」と話してくださいますが、「いつまでもお世話になるわけにはいかない。そろそろ自分たちで歩き出したい。」という思いもちらほら聞こえてきました。それもあってか、地域サロンや体育大会が復活してきています。

 ゆっくり休んで、これから先のことを考える時間を大切にして欲しいなと思いました。

 野田村を離れて暮らしている息子さんが、野田村の将来と、野田村にいるお父さんお母さんをどう思っているのか、すごく知りたいです。なかなかみなさんお仕事で忙しくて会うのは難しいですが。
 これから先の住まいが、自分たちだけだったら、村営住宅で良いとなります。いずれ息子たちが戻ってくるなら、一軒家を建ててみんなで暮らせます。
 野田村の50年先までの将来は、仮設住宅から次の住宅に移るとき、どう移るかで大きく変わってくるのではと私は考えています。今までの近所の人たち同士で集まって暮らすか、それぞれが見つけた土地でバラバラになるか、今までのように一軒家で多世代同居で暮らせるか、村営住宅で独居または高齢者夫婦世帯で暮らすか。
 難しいことですが、野田村が明るい将来になって欲しいです。

 海と山が綺麗で癒されました。ひとりになるつもりでしたが、ずっと野田村の皆さんと一緒にいることができて、とても楽しかったです。リフレッシュできました。
 「ごはんどうしてるか、一緒に食べよう」「これ持ってって」「フロはどうしてるか」「テレビはあるか、うちのところでテレビでもみな」みんな仲良くて親切にしてくれました。すぐに声をかけてくれて野田ではホームレスできないです。

主なスケジュール
14 前田小路地域サロンを体験する(わなげと語らい。)(公民館に地区対抗体育大会、バレーボール大会の賞状が並んでいて驚く)
  豆腐の田楽を食べる
  スナックを経営していた方とお話する
  えぼし荘の風呂に入る
15 和野平へ行ってみる(養豚のにおいに驚く)
  仮設住宅にいるOさんと、畑で一緒にトマトを採る
  ご近所さんも誘ってそのまま一緒に晩ご飯を食べる
16 旭町 前田小路を歩く。(もともとどんな店があったんだろう。保育園はどこかな。いつも会っているあの方のお家はどこだったんだろう。)
  まちの日サロンに入ってみる(社協の方とお話する)
  役場で保健師の方から地域サロンのお話を聞く
  役場のSさんとお話する
  教育委員会で村民大運動会、地区対抗体育大会について尋ねる
  久慈のお祭り
  仮設住宅にいる、今度遊びにきてと言われていたお宅に行ってお話する。
17 県の物資配給の様子を見る
  野田のお墓に行ってみる(たくさんいる名字、高いところにある立派なお墓)
  仮設住宅のおじいさんと、遊びにきたお孫さんと会う(近くの川で釣りをしていてなごやかな光景だ)
  弘前組のボランティアと会う
  座談会の準備
  野田村の若い人たちを交えての座談会

2011年9月 3日 (土)

現地ブログ、はじめました。

8月26日、チーム北リアスの野田村現地事務所がオープンしました。
【岩手日報掲載記事】
これを機会に、野田村に滞在しているメンバーが、野田村の様子や活動報告を、このブログに書いていこうと思います。
不定期更新になりますが、ときどき見に来てみてください。
(ながた)

トップページ | 2011年11月 »

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
フォト
無料ブログはココログ